三百年後

 友人と二人でスーパー銭湯に行く。受付を済ませて脱衣所の方に向かうのだが、とにかく広い建物で途中で道に迷ってしまう。順路表示に従い階段を登ったり降ったりするうち、その順路表示自体が現れなくなる。引き返そうと試みるも、この角には右から来たのか左から来たのか、二人の意見が分かれるので始末に負えない。

 こんなことならグレーテルよろしく光る石でも落としてくるんだった、と言うと友人が石を落としていったのはヘンゼルのほうではないかと言う。そうだっけ? うつろに笑いながらこれはどう見ても客の入るところではないぞ、という雰囲気の廊下を辿っていくと、こちら側からシリンダー錠のかかったドアで行き止まり。

 もちろんここが脱衣所なわけはないのだが、もうここまで来ると開けるしかない。開けてみるとそこは建物の物干し台のような場所。しかし何かおかしい。拡がる空が昼間のはずなのに真っ暗なのだ。

 突然、その暗闇の真ん中を裂くようにして、生き物のような機械のような物体が現れる。その表面に丸く黒い穴が開いたと思うとそこから触手が我々の方に伸びてくる。この触手も生き物のように動くが妙に機械的でもある。先端は平たくスタンプのようになっていて、二重丸が三つ横に並んでいる。アウディ? 友人が言うのにあれは四つだろ、と答える。

 物体本体からどこか切迫した声がする。早くキーをあわせろ、この機を逃すと次は三百年後だぞ。…そう言われても我々が持っているのは受付で渡された安っぽいロッカーのキーだけである。困惑のうちに物体は虚空に消えてしまう。空は暗いまま、気がつくと下も真っ暗で何も見えない。

 仕方なく背後のドアを開けて戻ろうとすると、一本道の廊下の途中、額に二重丸を三つ浮かべた男が荒い息をしながら立っている。男は言う。ああ、行ってしまいましたか、また間に合わなかったか。ひどく落胆している風情のその男に、次は三百年後だと言ってましたよと伝えるべきかどうか。我々は顔を見合わせる。


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