オッペンハイマー クリストファー・ノーラン監督

 話題の映画「オッペンハイマー」である。年寄には長すぎるのではないかと不安だったのでちゃんと事前に便所に行っての鑑賞。観終えてみればさすがはアカデミー作品賞受賞作、膀胱のことなど思い出しもしない濃密な3時間超でありました。

 映画の構成はなかなか複雑だ。モノクロで描かれるのは1959年、水爆開発を推進したアメリカ原子力委員会委員長のルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー Jr)が閣僚に適任であるかどうか審査される上院の公聴会。ここで話題になるのはその5年前、水爆開発、核軍拡に反対の立場を取った「原爆の父」オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)がソヴィエトのスパイと疑われた聴聞会。それがストローズの「仕掛け」だったのでは、という疑惑…。

 この2つの室内劇が横糸になり、オッペンハイマーの生涯という縦糸と交差する。1920年代、優秀な成績でハーバードを卒業した彼は英国ケンブリッジに留学。しかし苦手な実験に辟易しドイツのゲッティンゲンに移る。ここでボーアやはいハイゼンベルグに出会った彼は理論物理学の研究で博士号を取得して帰米、UCバークレーで教鞭を執ることに。その頃のカリフォルニアでは労働運動が盛んで、恋人となったジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)は共産党員だった。

 1938年ドイツで核分裂が発見され、オッペンハイマーはこれを利用した原子爆弾の可能性を模索する。1942年その研究に目をつけた准将レスリー・クローヴス(マット・デイモン)は彼を呼び出し、原爆開発を目標とする「マンハッタン計画」を主導するよう依頼する。翌年、ニューメキシコ州にロスアラモスの荒野に建設された国立研究所の所長となったオッペンハイマーは1945年、遂に原爆を完成させる。

 その爆弾は広島・長崎に投下され、彼は「原爆の父」と呼ばれるようになったが、被爆地の惨状に苦悩を深める。1949年にはソヴィエトが原爆実験に成功、国内でより強力な核兵器・水爆開発への期待が高まる中、核軍拡競争の未来を危惧する彼は大統領トルーマンに面会、国際機関による核兵器管理を提案するが、トルーマンは彼を弱腰と決めつける。この面談は結局、ストローズが前述の聴聞会によってオッペンハイマーの名声を地に落とすという企みの端緒となっただけだった。

 この映画、ただ核兵器の危険を言うだけでなく、陣営を問わず国家によって行われる思想統制への批判、科学技術と倫理に関するプロメテウス的問題にまで踏み込んでおり、確かにアメリカは核兵器を最初に造りしかもそれを実際に戦闘に使用した(いまのところ)唯一の国なんだけど、同時にこういう映画を制作し世界に公開できる国でもあるんだよな、とアタマのなかぐるぐるしながらエンドロールを観てました。


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